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最新の学芸員日記

番外編32 閉じ込められた“痛み” 戦場の経験

2026/10/30

連載コラム 『想い つなぐ』

★西日本新聞 北九州・京築版 2026年9月17日(木)朝刊14面掲載★

 戦場での経験を娘に話した日の晩、元兵士は自ら命を絶った。娘は戦場を語る父の顔を、見ることができなかった―。
 2021年に漫画家としてデビューした長谷川未来氏の『生きとし生ける』は、戦後約80年の間、ほとんど語られてこなかった戦場における兵士の等身大の経験を描く。作中では、中国戦線から門司港へ復員した2人の兵士の記憶と、現代の門司港で出会う2人の孫とひ孫の物語が交錯するように紡がれる。彼らが抱え込んだ痛みは、戦後における「戦場」の語られ方という問題領域につながっていく。
 累計700万人以上の兵士が動員された昭和の戦争においては、その人数の分だけ、戦場での体験があった。ところが、「日本の加害」という言説は、兵士の置かれた戦場がどのような内実を持つものだったのか、といった問題を「日本」という国家の枠組みで覆い隠してしまう。
 また、戦場での経験を具体的に知ろうとしないまま、現在の「国家の礎」となった崇高な存在としてしまうことも、元兵士たちを一層苦しめてきたのかもしれない。
 平和のまちミュージアムで来年1月17日まで開催している企画展「終わらない戦争―傷つけ/傷つけられたものたち―」では、『生きとし生ける』を通し、戦場の構造やそれを体験した兵士の生々しい思いに焦点を当てた。こうした展示を歴史資料のみで行うのは難しい。まさに同作品があったからこそ成立した企画展だと言える。
 作品制作にあたり長谷川氏は、自らの足で門司港を中心に北九州を巡るとともに、さまざまな文献や資料に触れている。本展ではその痕跡が現れているスケッチブックや漫画の設計図(ネーム)を、制作の過程を示す貴重な資料として展示している。さらに、作品の背景にある史資料も浮かび上がらせ、出来事が過去や物語の中だけでなく、現在にも続く問題だということを受け止めていただけるようにした。
 戦後社会で共有されることなく、個々の身体の内奥に閉じ込められ続けた戦場の“痛み”。それらを疎外してきた現実に向き合い、他者の体験や記憶に寄り添うことができるのか。私たち、受け手の姿勢が問われている。

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