下関要塞地帯と絵葉書
2022/05/20
Vol.16 令和4(2022)年5月20日(金)

この写真は、「戦前の北九州」コーナーで展示している絵葉書の一つです。昭和8(1933)年ごろ、現在の門司港地区桟橋通り交差点付近を撮影したものと思われます。

注目していただきたいのは、絵葉書の中央上部です。
まず、「下関要塞司令部許可済」という、あまり見かけない表記がされていることに気がつくと思います。門司地域および下関周辺では、明治20(1887)年ごろから関門海峡を防御するための砲台が建設され、明治28年にはこれらを管轄する下関要塞司令部が設置されました。さらに、明治32年に要塞地帯法が施行されると、北九州・下関地域の広い範囲が下関要塞地帯に指定され、地帯内ではさまざまな活動が制限されました。この絵葉書も、「要塞司令官の許可を得なければ要塞地帯内の水陸の形状を記録することができない」という要塞地帯法の規定を受けて、下関要塞司令部の許可を得て発行されたものです。
これを踏まえて、街並みの背後にある山のかたちに注目してみましょう。背景の山並みの上部が不自然に消えていることに気が付くと思います。これは、前述したとおり要塞地帯内の陸地の形状の記録が禁じられていたため、正確な地形が分からないように消去されたものと考えられます。
「戦前の北九州」コーナーには、他にもこのような修正を受けていると思われる絵葉書が展示されています。みなさんも展示をご覧になる際は、気を付けて見てみてください!
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