紫川の水を兵器工場へ ~小倉陸軍造兵廠の水道設備~
No. 111 令和7(2025)年4月25日

現在、平和のまちミュージアムでは、企画展「まちなかの大兵器工場~小倉陸軍造兵廠と地域社会~」を開催しています(7月13日まで)。今回の学芸員日記では、企画展で扱いきれなかったことについて、ご紹介します。
一般的な工場と同様、兵器工場である小倉陸軍造兵廠(昭和15年まで陸軍造兵廠小倉工廠)においても、作業用や飲み水としてたくさんの水が必要とされました。その水源とされたのは、すぐ近くを流れる紫川でした。
造兵廠の建設が行われていた昭和5(1930)年から翌年にかけ、現在の小倉北区東篠崎3丁目の紫川沿いに、水源地が建設されます。これは、紫川の伏流水(河川の下の地中を流れる水)を取水し、濾過、浄水処理を行ったあと、造兵廠敷地内へ送水するための設備でした。「河原同然の石塊畑の工事は予想外の難工事だった」(『造兵廠に生きる』)ということです。
造兵廠敷地南部の丘の上には、配水塔(給水塔)が建設されました。水源地から取水された水は、毎時400㎥の送水能力を持つ直径40cmの水道管を通り、いったんこの配水塔に蓄えられ、各工場へ送られました。この配水塔は、平成7(1995)年まで残っていましたが、現在は取り壊され、6分の1スケールのレプリカと塔の一部が大手町公園に展示されています。

造兵廠が建設した水源地は、戦後の昭和21(1946)年4月から小倉市に無償で貸与され、昭和37(1962)年11月には無償で譲渡、現在は北九州市上下水道局の紫川水源地となっています。既に濾過・浄水機能は廃止されていますが、今も取水機能は残っており、市民への水道水の供給に貢献しています。
紫川水源地は、小倉陸軍造兵廠が建設した施設のなかで数少ない現役の施設であり、小倉に存在した兵器工場の痕跡の一つといえるでしょう。
(学芸員O)
【参考文献】
小倉陸軍造兵廠同窓会編『小倉陸軍造兵廠史』(小倉陸軍造兵廠同窓会、1988年)
小倉陸軍造兵廠同窓会編『続 小倉陸軍造兵廠史』(小倉陸軍造兵廠同窓会、1989年)
北九州市水道史編集委員会編・北九州市水道局監修『水に生きる 北九州市水道史』(㈶北九州上下水道協会、1989年)
小倉陸軍造兵廠合同同窓会編『造兵廠に生きる 造兵廠跡記念碑建立記念誌』(小倉陸軍造兵廠合同同窓会、1993年)
北九州市平和のまちミュージアム所蔵「小倉陸軍造兵廠編纂資料並原画」