銃後の様子をかたどった伝統工芸品
No. 123 令和8(2026)年2月20日
先週より企画展「手のひらのなかの戦争 ―令和7年度収蔵品展―」(4月19日まで)がはじまりました。本展では、コレクター・宮﨑修一氏が収集された子ども用の飯茶碗を中心に、当時の社会の様子を表す約50点の陶磁器を紹介しています。展示は、300点以上ご寄贈いただいた「戦時とやきもの 宮﨑コレクション」のほんの一部で、今回展示できなかった資料がまだまだたくさんあります。また、常設展で展示中の資料もあります。たとえば、画像の竹やりを持った土人形は第2ゾーン「戦争と市民の暮らし」で展示しています。

太平洋戦争期の土人形
(当館所蔵「戦時とやきもの 宮﨑コレクション」)
古くから武器として使われていた竹やりは、日本陸軍でも主に訓練用として、ごく一部で用いられていたようです。昭和18(1943)年、陸軍戸山学校が『竹槍術訓練の参考』をまとめ、教育総監部より頒布されました。そこには、「竹槍は銃代用として訓練に使用するの外、君国の為直接外敵撃滅に使用するもの」である旨が記されています。昭和20(1945)年3月に創設された国民義勇隊では、竹やりが本土決戦の際に用いられる武器の一つに位置付けられました。
国民義勇隊は、本土決戦に向け防衛と生産を一体的に強化するための組織であり、国民学校初等科修了(12歳)以上65歳以下の男子および45歳以下の女子すべての国民を隊員として、情勢が緊迫した際には戦闘への参加も想定されていました。同年6月には大政翼賛会や大日本婦人会などが解散し、義勇隊へ合流します。戸畑市(現 北九州市戸畑区)では、隊長に戸畑市長、副隊長に明治鉱業社長および戸畑鋳造工業社長を置き、飛幡八幡宮前で国民義勇隊結成式が行われています。
このように土人形の題材となった社会の出来事から、おおよその制作年を推定することができます。企画展では、明治期から戦争末期までの土人形を展示しています。3月8日(日)には、寄贈者・宮﨑氏を招いてのコレクション紹介を実施いたしますので、みなさま奮ってご参加ください!
(学芸員M)
【参考文献】
北九州市史編さん委員会編『北九州市史 近代・現代』行政・社会、北九州市、1987年
「竹槍術訓練の参考」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14061346500、参考書綴 昭和19.3(防衛省防衛研究所)