番外編26 世相を映す子ども茶碗 かわいい!
連載コラム『想い つなぐ』
★西日本新聞 北九州・京築版 2026年3月5日(木)朝刊16面掲載★
「かわいい~!!」―。企画展示室に足を踏み入れた来館者が声をあげた。展示ケース内に陳列された数々の陶磁器を前にこぼれた感想に思わずほほ笑む。
開催中の企画展「手のひらのなかの戦争―令和7年度収蔵品展―」では、コレクター・宮﨑修一氏から寄贈いただいた「戦時とやきもの 宮﨑コレクション」より、約50点の資料を展示している。出展資料の中心は、明治から終戦後までに制作された子ども用の飯茶わん(以下、子ども茶わん)である。明治後半から普及した子ども茶わんは、世相に合わせ多種多様な図案が用いられている。
日露戦争の勝利に歓喜した明治期の戦争玩具図や、児童文化が発達した大正期の童謡「夕焼小焼」をモチーフとした図。戦中には、肉弾三勇士や「愛国行進曲」など、戦地における日本軍の活躍や戦意高揚の要素が描かれた。
終戦後は手のひらを返すように、アメリカ文化を積極的に取り入れ、ジープ型の車やベースボールの図案が制作された。年代順に図案を追っていくと、節操のなさにあきれるほどである。
1941年には食器生産への統制が厳しくなり、装飾の単純化が奨励され、43年には戦時標準規格型食器の具体案も示された。しかし、子ども茶碗にみられるように、国策の飯茶わんが国民の生活に取り入れられることは必ずしも多くなかった。
要するに、これら子ども茶わんの図案は、国家が推奨したものではなく、国民のニーズに合わせ制作され、子どもたちが自ら好みの絵柄を、もしくは大人たちが子どもに使わせたい絵柄を積極的に選んでいたのではないだろうか。
それは目まぐるしく変化する流行を追い求める現代の様子とあまり変わらない。そのように見てみると、展示ケース内に所狭しと並べられた子ども茶わんは、私たちが戦争の時代に対して抱く暗い印象にはそぐわず、やはりどれも「かわいい」のである。
コレクターの関心により収集された多様な子ども茶わんの世界。そこから、私たちは初めて、これまで気づかなかった戦争の顔を目の当たりにするだろう。
