番外編28 虐殺現場の隣の幸せな生活 「関心領域」
連載コラム 『想い つなぐ』
★西日本新聞 北九州・京築版 2026年4月16日(木)朝刊14面掲載★
過去の出来事を、どれだけ現在と地続きの問題として想像しうるだろうか。日本では2024年に公開された映画『関心領域』。動画配信サービスで吹き替え版しか見られないことに落胆したが、冒頭すぐその意味に気付かされる。
タイトル後しばらく真っ暗な画面が続き、テレビの調子が悪いのかと様子をうかがいに近づくと、かすかに音声が聞こえる。汽車の走る音、怒号、叫び声―これは目で見るのでなく、耳を澄ませて出来事を想像させる映画なのだ。
本作は、第2次大戦中にナチス・ドイツが建設したアウシュヴィッツ強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む同収容所の所長ルドルフ・ヘスとその家族の暮らしを描いている。家族の会話や行動の節々に違和感が潜むものの、家庭内の幸せはそれらを覆い隠す。
ヘスの妻はアウシュヴィッツでの暮らしを「楽園」だと称する。煙突からもくもくと煙が立ち上る壁の向こう側へ、カメラは決して立ち入らない。しかし、幸せな家族の日常が淡々と繰り広げられる画面の背後では、絶え間なく銃声や悲鳴が聞こえる。
終盤、ヘスが嘔吐してふいにカメラを振り返る。テレビを眺めていた自身と視線が交わったことにドキリとした。「おまえも傍観者だろう?」と突き付けられた気がしたのだ。
そして、場面は唐突に現代のアウシュヴィッツ博物館に切り替わる。焼却炉、積み上げられた靴やかばん―館内で掃除機をかける音、窓を拭く音、ここでも生活音にフォーカスされる。清掃員は淡々と日々の業務をこなしていく。現在を生きる私は“壁の向こう側”で何があったのかを知っている。
ヘスは戦後、大衆はアウシュヴィッツの所長を大量虐殺者としか想像しえず、「その男もまた、心を持つ一人の人間であったことを決して理解しないだろう」(ルドルフ・ヘス『アウシュヴィッツ収容所』講談社、1999年)と記している。彼は自らの世界の中で思考し、行動していたのだろう。
本作に直接的な暴力の描写は一切ない。それがかえって痛烈な暴力性を際立たせる。無関心もまた、暴力の一形態なのだ。私たちも日常の外にある物事にふたをして、自らの「関心領域」内で過ごしてはいないだろうか、背筋が凍る思いをした。
